超訳すめらみことひとりごと

16代 仁徳天皇

これはもうどメジャーですね。言わずとしれた仁徳天皇陵。

では、これだけ巨大な墓を死後につくってもらって、
奉られた由縁は、やはり“仁徳”の名に由来するといっても
いいのではないでしょうか。
彼の生前の治世は仁政そのものであったと言われています。

人家の竈から炊煙が立ち上っていないことに気づいて租税を免除し、
その間は倹約のために宮殿の屋根の茅さえ葺き替えなかった、と言う逸話が
記紀に残されています。

仁政を敷き徳のある天皇という事でしょうか。
晩年に評価されるというのは素晴らしい。

16代仁徳天皇

 

超訳すめらみことひとりごと

15代 応神天皇

神功皇后の三韓征伐の時から15ヶ月おなかの中にいたとされ、
生まれる前から王となる運命を背負っていた応神天皇。
腹違いの兄弟からクーデターを仕掛けられるなどもしましたが、
見事打ち負かした応神天皇には、謎なエピソードがあります。

 

応神天皇=一寸法師説です。

 

とりあえず一寸法師の物語を簡単に振り返ります。

子宝に恵まれなかった老夫婦がいまして、最後の願いとして、“住吉大社”に
願掛けに行くのです。するとほどなく兆候のなかったお婆さんが妊娠します。
不思議なことに、おなかは一向に大きくならなかったのですが、
十月十日を過ぎると、無事小さな男の子が生まれました。
しかし大きさは3センチ程度。成長すれば大きくなるだろうと思っていたのですが、
いくら年を重ねても大きくなりませんでした。
お爺さんとお婆さんは、一寸法師の事を化け物か何かと思うようになります。
両親から疎まれ始めている事を知った一寸法師は自分から家を出る事にします。
針の刀を腰に差し、お椀と箸の船で旅立ちます。お椀の船で住吉の浦に着いた一寸法師は京を目指します。そして、立派な家を見つけ、そこで働かせてもらうことになります。
その家には美しい姫が住んでいました。
その姫を自分の物にする為に、一寸法師は一計を案じます。
思惑通り追い出された姫は拠り所がなくなり、一寸法師を頼ります。
そのまま二人で京を離れることにしました。
船で旅を始めると、薄気味悪い島にたどり着いてしまいます。
そこには鬼が住んでおり、一寸法師は食べられてしまうのです。
しかし、おなかの中で針を使い、攻撃する一寸法師。
そのまま反撃を続け、ついには鬼に勝ってしまうのです。
鬼は宝物を置いて逃げていくのですが、その中に願いをかなえるという
“打出の小槌”がありました。
「大きくなーれ、大きくなーれ」と振ると、たちまち一寸法師は大きくなり、姫と幸せに暮らす、というお話です。

これのどこが、応神天皇と似ているのか?というと、

まず、住吉神の神託を受けていた応神天皇。
住吉大社の願掛けで身ごもった一寸法師。

出産を抑えるという異常な出生を持つ応神天皇。
大きくならない状態という異常な出生で生まれる一寸法師。

筑紫で生まれ船で都に帰って来た応神天皇。
家を出て、お椀の船で都へやって来た一寸法師。

兄たちに疎まれ、戦って倒した応神天皇。
追い出され、たどり着いた島で鬼を倒した一寸法師。

兄たちを倒したことで手に入れた皇太子の座。
鬼たちを倒したことで手に入れた打出の小槌。

という似たような点が。
もちろん応神天皇が3センチだった事はないですが、
構図が非常に似ています。

 

おとぎ話や言い伝えはやはり何かのオマージュであるケースが非常に高いようです。

おしまい。15代応神天皇

超訳すめらみことひとりごと

14代 仲哀天皇

さぁ、成務天皇でちょっとサボったから仲哀天皇はがっつりいきます。
彼は名前のとおり‘哀’です。それに尽きます。
というわけで、いきなり彼のラストを飾るエピソードです。

ある日、口寄せというのでしょうか、彼の奥さんである神功皇后が
神からのお告げを語りはじめます。

 

「西の方に宝の国(=新羅)がある。これを与えよう。だから韓国を攻めろ!」

 

それに対して、仲哀天皇はお告げを信じずに、

 

「西のほうを見ましたが、海しか見えませんが…。そんなの無理ですよ」

 

と口答えします。

 

で、ちょっと経ったら仲哀天皇は息絶えていました・・・。

 

以上です。

 

 

切ないですねー。神のお告げに逆らったからと言われています。

その後、神功皇后は日本のジャンヌダルクというか男勝りで、
お告げを守り新羅に攻め入ります。
しかもその間、彼女は妊娠していました。それを戦争中に生まれると困るからという理由で、
お腹の上に石を置く事で出産を遅らせ15か月も妊娠したままで過ごしたとか笑

結局、新羅に到達した神功皇后軍は、新羅の国王を屈服させ、その勢いで、
百済、高句麗を攻略し、朝鮮半島を支配下に置き、戻ってくると、
遅らせていた出産を迎え、無事子供を生むのです。

 

これが神功皇后の三韓征伐伝説です。

 

ちなみにこのエピソードは日本書紀にのっており3世紀頃のエピソードとして語られています。

 

3世紀。
そう邪馬台国の時代。 口寄せで神のお告げを聞いた神功皇后・・・・。
日本書記筆者の稗田阿礼は神功皇后=卑弥呼と伝えたかったと思わざるを得ません。

いろいろ繋がるというか時代を照らし合わせると面白い!

14代仲哀天皇