超訳すめらみことひとりごと

19代 允恭天皇(いんぎょうてんのう)

この方は病弱でした。先代の巨大な反正天皇崩御後に即位を請われましたが固辞。
それでも強く求められしぶしぶ即位されました。
ただ、病弱な事は変わりはないので、新羅より医師を招き、病を治療させる等、大陸との繋がりが深かった天皇のようです。

もう1つの心配事は、氏姓制度が緩くなっていた事です。物部氏でもないのに、
物部氏を騙るものが多数存在したりなど、かなりアバウトな世の中であり、その事が
気に食わなかった允恭天皇が執った策は下記のとおり。

盟神探湯(くかたち)による確認です。

占いの一種で、熱湯の中に手を入れて火傷するかどうかで占うものです。

「私は間違いなく、物部の一族です」
「よし、手を入れてみよ」
「ぎゃひい!」
「火傷したではないか。お前、嘘をついたな」

てな具合で。ちなみに盟神探湯は日本古来の裁判の形で、神明裁判と言います。
呪術的な裁判方法ですが、日本だけでなく西洋でも同じようなものがあるみたいです。

やはり、神が裁いたという理由づけが必要という事なのでしょう。

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超訳すめらみことひとりごと

18代 反正天皇(はんぜいてんのう)

久々の久々の更新で“はんぜい”してます。
反正天皇はスケールがでかいです。とにかく器が大きい。
物理的な。

古事記によれば身長は約9尺2寸半(約3.04m)。巨人です。
で、容姿美麗で生まれながらにして綺麗な歯並びだったようです。
もう、イメージは進撃の巨人しか思い浮かびません・・。

そんな反正天皇ですが、在位が5年と短い為なのかあまり歴史的な
役割についての記述がありません。やはり歯に関する逸話ばかり。

別名が瑞齒別天皇。
歯が大きく、歯並びが良いことが「瑞(ミズ)」「歯」で「水歯別」という名前の由来となっているようです。現在のように栄養状態が良くないのだから、歯がガタガタなことが多かったのに、大きくて綺麗な歯ってのはそれだけで印象的だったんでしょう。

この肖像から身長3mは想像できません・・。25efbec8

超訳すめらみことひとりごと

17代 履中天皇

だいぶ久々の更新になってしまいました。さぁ再び。

再開にはふさわしくないというか、ドロドロしてるというか履中天皇は仁徳天皇没後、
の住吉仲皇子に婚約者の黒媛をレイプされてしまいます。

で、履中天皇にばれるのを恐れた住吉‘逆ギレ’仲皇子に皇居に火を放たれそうになり焼き殺されかけます。それに対し、履中天皇はまた別の実弟多遅別尊に命じて
住吉仲皇子を討ち取るのでした。

そんな彼ですが、行政の能力は高かったのでしょうか。
諸国に国史(ふみひと)と呼ばれる書記官を設置し、国内の情勢を報告させるように整備すると共に、蘇我氏や物部氏などの豪族を国政に参画させるように進めたようです。

私生活はともかく、政治という形態の入口をととのえたのが履中天皇かもしれません。

中国の宋書には倭の五王の一人‘倭王讃’として語られています。
※諸説あり、倭王讃は仁徳天皇という話も。

ricyuu